風色時間

頭の中で考える速度に手が追いつかないから
書くことが苦手になるのだと
かつて近しい人が言っていた。
そんな考え方もあるのかと少し驚いて
成る程、と思ったのだった。
少しばかり違うだろうが
想いがあればあるほどに、言葉にするのが難しい。
言葉では紡ぎきれない何かを伝えるのに
どうすればいいだろう。
伝わって欲しくはないことはすぐに伝わってしまうのに
伝えたいことはいつでも上手く伝えられない。
それでもまた、言葉を紡ぐのだろう。

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「ちょっとズルしちゃった」
と、満開の桜の小さな枝を手にした患者さんと
「内緒ね」
と車椅子を押す看護師にすれ違った。
おそらくあれは病院の門の傍の枝垂れ桜。
手折ってもらったその枝を、
彼女は寝たきりの多い同室の患者さんに見せるのだろう。
春。
数年前までお花見をしていた病院入り口の大きな山桜は
区画整理で枝を落とされ、咲かなくなってしまっているから
そんな小さな枝の花でも立派にお花見の主役。
ずっと入院している方ばかり。
家はあって、家族がいても、介護度の高い高齢者を自宅でみる人は少ない。
社会的入院。あまりいい言葉じゃ無いと思う。
でもそういうことなのだ。
春。
車椅子を押してもらいながら大切そうに桜の枝を手にした彼女は
とても嬉しそうに笑っていた。

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何か言葉を紡ぎたいと思ったときは
誰かに元気をもらったとき
さり気ない優しさに、心が暖かくなったとき
靴が片方脱げてしまったとしても、歩けるんだよね。

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春は駆け足だと思う。
いつの間にかに枯れ色の地面に緑が増えて
咲き始めたと思った桜は、もう風に舞い始める。
変わりやすい空模様の毎日は
確実に冬から遠ざかっていくらしい。
今年の春は、なにか新しいことに挑戦してみようか
そんなことを思っているうちに
きっと季節は過ぎてしまうのだろうけれど。

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